旧・肉のハナマサはマツモトキヨシへ

2009年7月26日

肉のハナマサが撤退して空き店舗になっていたところに、マツモトキヨシが新店舗を出すようです。
マツモトキヨシ
マツキヨといえば、新春にJuJuきたなら商店街から駅前ビルに移転して話題を呼んでいましたが、こんどは習志野台6丁目にも新店舗です。

坂を降りたところにはウェルシアがありますので、駅前に続いてこちらでもドラッグストア戦争が勃発しそうです。

なんか小奇麗になった気がしたので、Googleストリートビューでハナマサを見てみると、隣に「ワインドーム」という店があったんですね。
そこを駐車場にしているので開けた空間が出現した、というわけです。
ワインドーム

しかし、それにしてもGoogleストリートビュー、使えます。
在りし日のハナマサ、残しておきます。
Googleストリートビューが更新されるとなくなってしまうでしょうから。
肉のハナマサ

そういえばここって、ハナマサになる前は、なんでしたっけ。
生鮮食料品系のスーパーだった気がしますが、思い出せない。(^^;)

ビアーレきたならの七夕祭り

2009年7月4日

viarekitanara.jpgいつの頃からそう呼ばれるようになったのかは知りませんが、花輪病院から「習志野台6丁目」交差点を経てローソンストア100(旧第一家庭電器→SHOP99)までの商店街を「ビアーレきたなら」といいます。

テレビ東京系「テレビチャンピオン」で殿堂入りを果たした、和菓子店の「白妙」も、この商店街の中にあります。

そのビアーレきたならで、毎年恒例の「七夕まつり」が開催されました。

2590704viare.jpg

まさに黒山の人だかりです。
みんな楽しそうですが、ちょっと危ないです。
写真はまだ明るい時間ですが、暗くなってくると客足がさらに増します。
 
2610704viare.jpg

以前はバス通りが日曜の午後は歩行者天国になっていて、ちょうど良かったのですが、ここ数年、歩行者天国は中止になっています。
秋葉原の事件がきっかけかな?

でも、こうも狭苦しいと、スリや万引きが増えたり、車椅子や体の不自由な人が通り難いなど、逆に危険ではないか、と思いますが、どんなもんでしょう。

車道にパイロンで通行エリアを作っているぐらいなら、歩行者天国の復活を検討すべきかと思います。
 

御幸だぁ!!!

2009年6月29日

御幸 北習志野駅前店今朝、御幸(北習志野駅前店)のシャッターが開いていて、中の電気が灯いていました。
何年ぶりかで、超〜懐かしい店内の姿を拝ませていただきました。

中の書棚はほとんどそのまま残っているんですね〜。(残置か・・)

あの辺はスポーツ雑誌が並んでたなー、と、立ち読みしているワタクシの姿を思い浮かべて感慨に耽ってしまいました。

いや、ちゃんと買ってましたよ、テニスジャーナルとかTTとかテニスクラシックとかテニスマガジンとか。
そしてエドバーグのバックハンドやレンドルのサーブを頭に叩き込んで、まだ東葉高速の橋脚がなかった頃の西習志野3丁目の崖の下の公園で体に憶え込ませていたものです。

おっと話が・・・小学生のころ、まだ珍しかったシャープペンシルをはじめて買ったのもここの2階でした。
受験の頃もあまり勉強しなかったけど、一応参考書など買いました。

今にして思えば、博文堂は昔ながらの本屋さんでしたが、御幸はちょっとおしゃれな感じがありましたね。
幅の広いアールのついた階段がその象徴かも知れません。

博文堂の階段は狭くてやや急でしたからね。
でも博文堂は定期購読すると自宅まで届けてくれたので、テニクラを届けてもらっちゃってました。

いまやAmazonをはじめとしたネット通販で、自宅に届くのは当たり前、しかも圧倒的な品揃えであるわけですが、津田沼や船橋に出てもあまり大きな本屋さんがなかった時代に、お届けサービスをやっていたのはとても素晴らしかったです。

おっとっと。(^^;)

博文堂は夜7時(7時半だったかも)で仕舞ってましたが、御幸は8時までやってました。これが当時は大きな差でした。
セブンイレブンが夜11時で閉店していた時代ですからね〜。(^^;)

まぁ、そんな博文堂跡地もいまやすっかり白戸家が馴染んでいるわけですが、御幸の面影もついになくなるときがやって来たのかも知れません・・・。

 

新型インフル、高根中、高根小に拡大(イベント広場の屋根ってこんなに開くんだ!)

2009年6月10日

JuJuきたならの屋根けさ、旧西友に買い物に行ったところ、店員さんがマスクを着用していました。

やはり、七林中の新型インフルエンザ感染を受け、感染拡大の防止に乗り出しています。海老名市でも同じ中学3年の女子生徒が秋田への修学旅行から帰ってきて発症と、七林中とそっくりなことが起きています。

きたなら周辺では、新たに高根中、高根小の子供たちにも感染が拡大。感染者は7人増え、船橋市内では16人となり、きのうから臨時休校している七林中、七林小、高郷小に加え、新たに高根中、高根小、高根東小の計6校が15日まで臨時休校することになりました。
この事態を受け、ユアースポーツクラブや公民館のイベントなどが相次いで中止となっています。

みなさんもうがい・手洗い、きっちり行いましょう!


さて、JuJuきたなら商店街の中ほどにある、イベント広場の屋根がいつもより開いていました。
いつになく開放感があって、明るいので見上げて気づきました。
あそこって動くんだ、とあらためて気づかされました。

まるで有明コロシアムやウィンブルドンのセンターコートみたいでかっこいいじゃないですかぁ。

ということで、写メしてみた次第です。
 

おかしのまちおか、JuJuきたならに。

2009年5月29日

おかしのまちおか北習志野店習志野台商店街もとい、JuJuきたならに「おかしのまちおか 北習志野店」が登場します。
場所は旧マツモトキヨシ、御幸と博文堂もといソフトバンクショップの間です。

おかしのまちおか、は都心を中心に90店舗以上を展開するおかしの専門店で、リーズナブルな価格で、いま人気のお菓子を1000種類取り揃えているそうです。

現代版、駄菓子屋チェーン、といったところです。

千葉県内では、京成船橋店、柏店、unimoちはら台店、ららぽーと柏の葉店が存在していました・・・知らなかったぁ。

おかしのまちおかのwebサイトを見てみると、この4月から幡ヶ谷店、トレッサ横浜店、ララガーデン春日部店、三鷹店と、ぞくぞくとオープンし、北習志野店へとつないでいます。

すごいですね〜。このご時勢に怒涛の快進撃ですね〜。
お菓子ってそんなに儲かるのかな〜。

ワタクシの子供たちもそうですが、中高生を中心に女の子にはお菓子は欠かせない存在かも知れませんね〜。

子供たちの行きつけになりそうです。

 

西友が街に2つある謎。

 
北習志野にはなぜか西友が2つあります。「北習志野店」と「新北習志野店」です。どちらも30年以上前から存在します。
きたなら界隈の市民はそれぞれ「旧西友(または西友)」、「新西友」と呼んで区別しています。

旧西友 新西友
習志野台商店街の中ほどにある「旧西友」    駅北側の踏切近くにある「新西友」   


直線距離で250mくらいしか離れていませんが、他のスーパーを買収したようなものではなく、最初から西友として建設されました。

一部では北習志野最大の謎と言われていますが、話によると、旧西友は小型店の事業部、新西友のほうはGMS(大型店)の事業部と、所属する事業部が異なるそうです。
にしても同じ街に2店展開する理由にはなりにくいのですが、いくつかの要因が重なって実現した可能性はあります。

まず考えられるのは、東西線の延伸計画。
昭和46年の都市交通審議会で東西線の延伸計画が盛り込まれ、昭和48年5月に千葉県と船橋市と八千代市からなる「営団地下鉄東西線建設促進協議会」が発足した時点で、北習志野に東西線が来るという話題が沸騰、西友がこの地での覇権を得ようと動いたと考えられます。

もうひとつは立地。
当時の北習志野駅前には、扇屋と二幸という2つのスーパーがありました。この2店を挟み撃ちして追い落とす作戦だった可能性があります。
当時はまだ車社会にはなっていませんでしたので、徒歩での買い物が主流でした。駅からの帰り道に買い物をする客も、家から買い物に出る客も、より自宅に近い店で買ったほうが重い荷物を運ぶ距離が短くて済むわけです。
宅地の造成を考えても、習志野台−高根台方向への広がりは早かったですが、西習志野−習志野方面は少し遅かった上、高根木戸にも高根公団にも大型店はありませんでしたので、新西友のある場所は絶妙だったと考えられます。

本当にそんな思惑が働いたのかどうかはともかく、実際に数年で扇屋は撤退、二幸もやがて姿を消し、跡には三越が入りました。(日本一みすぼらしい三越との噂でした)
ただ、計算外だったのは、東西線の延伸目当てか、扇屋の隣に長崎屋が進出してきたことで混戦が激化したこと、高根木戸駅前にはジャスコができ、高根台方面の客を持っていかれたこと、東西線の延伸が大幅に遅れたことなどで、思うように集客できなかったようです。

さらに、世間が車社会・ネット社会へと様変わりし、駅近至上度合が薄れたことなどが重なったこともあるのでしょう、東西線の延伸計画が形を変え、96年4月に東葉高速鉄道としてようやく開通しますが、その年の秋に長崎屋、02年三越と相次いで撤退しています。

#きたなら界隈も車社会になり、車だと駐車スペースの充実したマックスバリュなんかのほうが便利と感じてしまいます。

そんなわけで、2つの西友はきたならの覇権を獲得した形になっています。

でも、かつては賑やかだった両店とも疲弊感が漂います。
とはいえ24時間営業化され、遅い帰宅時には便利だと感じますね。

新西友は最近大改装され、家電や衣料品売場も24時間営業になりました。
しかもチラシ競争を始めたので、在庫次第ですが、夜中でも他店のチラシ価格で買えるというメリットは大きいです。

きたならの顔ですので、頑張って欲しいです。
タグ:北習志野