国際製粉 千葉工場

2016年10月8日

以前、新京成の車窓から見えていた、木造なのに5階建てもの高さのこげ茶色の要塞のような建物について「昔日の新京成」という記事の中で書きました。

たくさんの方からコメントをいただき、それは「国際製粉 千葉工場」だったことが判明。
わずか9年の操業ののち、22年もの期間を廃屋として怪しく君臨していた孤高の楼閣。

それぞれの方々の心にさまざまな記憶として刻まれていることを嬉しく感じました。

さらに、小島 明さんから国際製粉の画像のご提供をいただけることになりました。
以下に謹んで掲載させていただきます。みなさん、どうぞ懐かしんでください!

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1977年12月18日前原の国際製粉建物_01 撮影:小島豊徳

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1977年12月18日前原の国際製粉建物_02 撮影:小島豊徳

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1977年12月18日前原の国際製粉建物_03 撮影:小島豊徳

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昭和40年ごろの船橋市地図・国際製粉


線路にたやすく入れてしまう様子や当時の主流だったクーペなフォルムの自動車もはっきり写ってますね!

あらためまして、小島 明さん、ありがとうございました!

 
この記事へのコメント
 コンバンワ、きたならパパ様。御元気でしょうか⁉ ご無沙汰して、申し訳ございませんでした。
 国際製粉千葉工場の写真を、アップして下さり、誠に有難うございました🎵🎵
この工場の前原よりに、国鉄の送電線が在ったのが、印象に残ってます。確か、ガイシ数が4個の22000v送電線だったと思います。西船橋と稲毛を結んでいたはずです。チャリで、この送電線を追跡したっけ…。
Posted by 元新京成沿線住民 at 2016年10月09日 19:34
元新京成沿線住民さん、こんにちは。

国鉄の送電線ですか。あぁーなんか、昭和40年ごろの地図にも前原ゴルフ場の上を通っているように描かれていますね。
さらに中野木中学校の校庭をかすめていたのかな?

そのまま西のほうに延長すると我が愛しの船橋旭高校の校庭を通る送電線の記憶が。
あっちとつながっていたのかなぁ???

Posted by きたならぱぱ at 2016年10月10日 14:31
こんばんは、習志野駅前に在ったイイダ家具を、検索してたら、ここに行き着いた者です。

ちょうど、この写真が撮影された頃小学校5・6年で、この建物が気になり友達数人で、中に入った事が有ります。中は、薄暗く階段が急だったと思います。中は、旧漢字使いなどの貼り紙や滑車やシャフトの様な物が、天井付近に有った記憶が有ります。
約40年前位の記憶なので、思い違いをしていたらスイマセン。

懐かしいので、ブログブックマークさせていただきます。
Posted by 1979年高根台第2小卒 at 2017年05月29日 22:50
高根台第2小卒さん、こんにちは。

先週末に第2小と近隣公園の間を通りましたが、ちょうど運動公園をやってまして大盛況でした。

国際製粉に入ったんですね!
やっぱり当時の男の子の冒険心を強くくすぐったのは間違いないところですね〜。

いや〜自分も一度は入っておきたかったなぁ〜。(^^;

イイダ家具も含め、懐かしいです。
Posted by きたならぱぱ at 2017年05月30日 05:47
きたならぱぱさん、こんにちは!
本文にリンクされている「昔日の新京成」で国際製粉についてコメントさせて頂いて以来、なんと7年ぶりです。

もうその姿を知ることは叶わないと思っていた国際製粉工場の鮮明な写真が見られるとは...!

写真をご提供頂いた小島さん、詳しい情報をたくさんお話頂いたこまろさん他、当時のご近所の先輩方を繋いでくれた、きたならぱぱさんに改めて深く感謝します。

それにしても、写真の建物が明るい塗装で驚きました。廃墟のイメージを含め、黒く暗い建物だったと記憶していたので。
この写真からはモダンな食文化をもたらす製粉工場として操業していた現役時代が偲ばれます。
一方、工場とは思えない洋館風の大きな建物に並ぶ窓の様子や屋根の形などは、おぼろげな記憶と一致して、やはり幼いながら良く見てたなと思ったりしました。

また、「津田沼の今昔」の存在も知ることができ、これまた感激しつつ早速入手しようと考えています。

当時、ご近所同士でありながらお互いを知らずにいたのに(たぶん)、何十年も経ってから、ここでこうして思い出を共有できるなんて、不思議で素敵なご縁に感謝です。
Posted by しお at 2017年06月18日 11:10
しおさん、こんにちは!

もう7年にもなりますか〜、ホントだぁ!
時の経つのは早いものです。歳とともにますます加速しちゃってますし。

それでも小島さんの写真は当時見上げていた者たちをぐぐぐいっと過去へと引きずり込むだけのインパクトがあります。

もちろん木造5階建ての建物が持つ強烈なインパクトも多くの人々を惹きつけて止まない存在であったればこそですけど。

そしてたくさんの方とその記憶が共有できたことはすばらしいことでとても嬉しく思います。
Posted by きたならぱぱ at 2017年06月19日 11:33
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