おかしのまちおか北習志野店 リニューアル

2014年8月28日

おかしのまちおか北習志野店が2日間お休みしてリニューアルしました。

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通りすがりのぱっと見ですが、
レイアウトが変わって店内がきれいになってました。

 

ふなっしーのFUNAcafe、渋谷パルコにOPENなっしー!

2014年8月25日

なんか、最近の渋谷PARCOは船橋づいてますね〜!
3月の吉木りさキャンペーンモデル抜擢に続き、9月はふなっしー登場です。

渋谷パルコ パート1の7階にあるレストラン「THE GUEST cafe&diner」において、「ふなっしーのFUNAcafe」なるコラボ企画を開催するそうです。

2014年9月2日(火)〜9月30日(火)の期間限定ですが、メニューを見る限り、かなり気合が入っています!

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これ、けっこうマジに考えて作ってますよね?
その分お値段はちょっと高めな感じですが。

でも、
ふなっしーオフィシャルグッズを販売するショップが併設され、限定オリジナルグッズも用意されるということなので、ふなっしーファンなら行ってみる価値はかなりあると思います。

ショップは、カフェに入店しない人でも利用できます。続きを読む

千葉県立船橋旭高等学校

 
千葉県立船橋旭高等学校

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※ 少しでも記憶が重なる人はお気軽にコメント入れてください。

ワタクシは1978年入学の3期生。
おれらが入ってやっと3学年揃ったわけ。

同じ年に赴任してきた世界史の熱血「山火先生」がワタクシの担任。2年生も。
最っ高〜の先生だったなぁ。

1年の選択科目は書道・美術・音楽。
いちばん金がかからなそうという理由で書道を選んでしまった。音楽がよかったなぁ。
この頃から親のありがたみを感じてきて、負担をかけたくなかったんだよね。

修学旅行は2年。京都・奈良だった。
京都での班単位の自由行動は楽しかったなぁ。

3年は理系クラスと文系クラスに分かれる。
俺は理系クラスで物理の軟弱「川瀬先生」。

ほかに憶えているのは数学のエロ「下村先生」、現国の堅物「伊丹先生」くらい。
もちろんほかの先生の記憶もあるけど、歳のせいか名前が出てこない。

生物の色眼鏡かけたギターのうまい・・・
英語の細くてひょろひょろの・・・
体育の鬼監督の・・・
鬼監督の後任の・・・
古文の養護学校へ移っていった・・・


理系クラスは男子30数名に対し、女子数名。
しかし、学年全体では女子のほうが多かったので、8クラス中女子クラスがふたクラスあった。

創設初年度は、市船の校庭に仮設校舎を建ててスタートしたと聞いている。
なので、校舎はまだ2年目でぴかぴかだった。

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ジャージは赤。
2年生は緑、3年生は青だったかな?(逆?)
赤がいちばん「だせぇ」って思ったけど、3年になる頃には風格を感じていたから不思議。

校庭はいびつな形で、周囲を畑で囲まれていて、畑より数m低かった。

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正門前のバス通りの向かい側には船橋運動公園があり、部活などで気軽に利用できた。
そのせいもあってか、旭高にはプールがなかった。

バスは新京成バス「運動公園前」。船橋方面と鎌ヶ谷大仏方面に行ける。

もうひとつ、校庭の階段を上がって畑の細道を抜けたあたりに「金杉入口?」みたいな名前のバス停があったと思ったんだけど・・。利用してなかったからよく憶えてない。

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校舎は3階建てで、北校舎と南校舎が渡廊下で結ばれていて、北校舎には中庭があった。

正面玄関の下駄箱から入って右に購買があって、授業料払ったり、よく菓子パン買ってた。

ほかに体育館と武道館があったが、卒業後さらに建物が増えていた。
武道館での柔道の授業はつらかったね〜。

テニスのハードコートだって、おれらの頃はなかったし。
あったらテニス部に入ってたかもな。

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校庭の北と南に送電線の鉄塔が立っていた。

バス通りにはレストランとバッティングセンターがあった。しかなかった。

平成23年度
船橋西高と合併・統廃合して船橋啓明高校へと変わってしまいました。
船橋啓明高校は船橋西高の場所に存続となりましたので、船橋旭は見かけ上消滅です。


ワタクシの誇り:
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皆勤賞。3年間、無遅刻・無欠席・無早退。
実は中3とあわせて4年間なのだ。


残念なこと:
俺さ〜、卒業後、実家が習志野市に引越しちゃったから、同窓会の連絡が来なかったんだよね〜。
その後結婚して、船橋市に戻ってきたし、高校時代の仲間もいるんで、悲しくはないけど、さ。


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世界は教室だけじゃない

いじめに遭っている子供たちへ

この曲を聴いてほしい。
本当はフルコーラス聴いてほしいんだけれども。 ぜひ。

世界は教室だけじゃない

  作詞・作曲:前山田健一(ヒャダイン)  歌:吉木りさ


現在深刻に悩んでいる子からしたらちょっとノリが軽すぎるように感じるかも知れません。
でもおそらく、それが作者の意図だと思います。

そんなのはほんの一時のこと。

乗り切ってしまえば過去のこととして軽く(はないけれど)流せるようになります。と。

過ぎ去ったあとにはこの曲のように「いいじゃんいいじゃん」って言えるような明るい未来が待っているよ、と。

だってあれだけひどい目に遭ったんだもん。
この先、それ以上のひどいことなんて、ない。


  逃げていいよ 逃げちゃっていいよ

って無責任じゃ?って思うかも知れないけど、解決策は、あります。

今回は、我が家での事例を解決策の一例として、書きます。
ほんとうはあんまり書きたいことではなかったのだけれど、この曲の影響だね。
きっと役に立つ人がいると信じて。 いや、ぜったいいるはず。


この曲を歌う船橋市出身の吉木りささんも中学に通っていたころは引っ込み思案で目立たない子だったそうです。

でも今は、こんな明るい子といっしょにいたらみんな幸せになれるだろうな、な感じ。
見ていて幸せになれるし、幸せになってほしい、って、思う。



ワタクシの娘も、引っ込み思案で目立たない子です。

いや、見た目はかわいいほうなんで本人の意思に反して目立たなくはなかった。
小さいうちはかわいいかわいい、とちやほやされながら過ごしています。

逆にそれが、自分から溶け込もうとする力を養えない要因になったのかも知れない。
とにかく決して前には出たがらない性格です。


あまり周りとはうまく打ち解けられない。
それでも中学までは周囲にあわせてそつなく過ごしてきました。
でも、


高校に入ると、運悪くいじめのターゲットにされてしまいます。
私立の進学校なので低次元のいじめなどないと思っていたのですが。

最初のうちは早退したり1日休む程度でした。
その頃は親も「さぼってないでちゃんと学校へ行け!」と怒っていました。

やがて、テストなどの大事な日にも休んだりするように。

親は「そんなことをしてたら内申に響くぞ!」とさらに怒ります。

本人だって大事な日なのはわかっている。
でも、行こうとすると頭が痛くなったり気持ちが悪くなったり。

その日を境に学校を休みがちになっていきます。


幸い、この時点で母親には「クラスにいやな子がいて」という相談がありました。


しかも複数。ひとりリーダー格がいるらしい。
そして、ショックだったのは、友達だと思っていた子までそいつにいい顔をした。
そのせいでほかの子も信用できなくなった。

心の支えを失い、学校へは行けなくなっていった。

でも、どんなひどいことをされたのかは決して言おうとしません。


親としては原因を知りたいのは当然の心理。
だけども。 もうそれ以上は聞かないことにしました。


男親には言えないことなのかも知れない・・・。
あまりにもえげつなくて言えないのかも知れない・・・。


わからないが、ともかくひどいことをされているのだということで理解した。



このあとどうするか、家族で話し合った。



せっかく入った進学校。
将来を考えたら、ちゃんと卒業したほうがいいに決まってる。

学校には怒鳴り込んで絶対無事に過ごせるよう対応させた上で、
心に仮面をかぶり、通うことはできないか。(できればそうしてくれないか)

本人も「そうしてみようかな」とは思う。
そのほうがいいのはわかってる。
でも、翌日の朝になると、やっぱり行けない。


親なりに、心の足かせが想像以上に重いこと、よくわかった。


もうこれ以上、いまの高校に通わせることは困難、と判断した。
むしろ無理に通わせて、取り返しのつかないことになることのほうが、怖い。
でもそしたら、どうすれば? この子の将来は?


いろいろ、いろいろ調べて考えて、家族で導き出した答え。


通信制高校への転校(転入)。


せっかく入った進学校、という意識から(むしろ親が)脱却するのがいちばん大変でした。

幸いうちの子の場合は、高1の2学期までは普通に通っていたので、取得すべき単位は十分。
不足分の単位を通信制高校で取るのは簡単なので、残りの時間をすべて大学受験へ振り向ければ、大学からはまた普通の生活を取り戻せる。

日本では学歴なんて最終学歴しか見ないから、影響ない。
長い長い人生のうちの、ほんの2年ほど、回り道する程度のこと。


そう決めただけで、娘の顔に笑顔が戻りました。


この子の心にのしかかっていた重石はどれほどのものだったか。



私立の進学校に転校の手続きをしに行ったとき、当然先生には聞かれましたが、娘の希望でいじめっ子の名前は出しませんでした。
また、これも娘の希望で転校先をクラスには伝えないよう依頼しました。


親としては娘をこんな目にあわせたいじめっ子、並びに、そのような環境を醸成した学校に対し、ひと暴れしたい気持ちでしたが、まさに「立つ鳥跡を濁さず」。


私立なんて、(公立もか?)役に立たない。


先生には「クラスにいじめは間違いなくあります」とだけ伝えました。
うちの子にしてみりゃ、こっちは去る身。あとは知ったこっちゃない、よね。
「後は野となれ山となれ」が正しい、か。まぁいいや。

だから親が声高に怒鳴り込んでごたごたしたら、むしろ迷惑。なんだよね。
どうも黙って去る、というのは腑に落ちないけど、娘のため。我慢。我慢。


この曲の2番にこんな歌詞があります。


  頑張って 気を遣わせぬよう
  家族に黙って 歯を食いしばる
  大丈夫! 全部ぶちまけよう?
  帰る場所が キミにはある

子供なんだからさぁ。
その小さい胸に全部抱え込まないで、
親にぶちまけようよ。

ほんとうに言いたくない部分は言わなくても、
親は理解してくれるよ。

だって、君の親、なんだからね。
何年いっしょに暮らしてると思うんだ?

大人ってのはね、特に日本人はね、
察するのが得意なのよ。

でもなんにもシグナル出さなきゃ、
やっぱわかんないからさ。


  今になっても
  チクチクする 過去のトゲ
  癒せない傷 まだ間に合う
  キミはキミだ 誰の真似もしなくていい


この辺(Cメロ)のハイトーンが心に響きます。
いじめを受けた経験がある人が聴くと思わず涙が出てくるんじゃないかな。


ワタクシ自身も小さい頃はいじめられた経験があります。
ただ時代が時代なんで、いまほど陰湿ではなかった。

「真空飛びひざ蹴り」とか喰らってあからさまに怪我したら、周りが解決してくれてました。

あれから40年。

いまでも思い出せば「あのやろー」って思う、けど、思い出すこと自体がほとんど、ない。
当時は心の75%くらいを支配されてたかも知れないけど、いまや記憶の0.0000001%くらい、かな?
そんなことより楽しいこと、こっ恥ずかしいこと、語りつくせぬ青春の日々。


酸いも甘いもいろいろある長い人生、いろんな経験をしてほしいものです。


人生を謳歌しつづける娘の父親であるところのきたならぱぱより。

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ガソリンスタンド跡地

2014年7月3日

習志野台第一小学校の前のガソリンスタンドと隣のお屋敷が取り壊され、広大な敷地が現れました。


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